第1話
始まりの第一歩

葉一「泣くなよ梢」

梢「だって…だって…、もう会えなくなっちゃうんだもん」

葉一「まあ…、引っ越すわけだから…。仕方ないじゃないか」

梢「…………」

葉一「いや、そんな顔するな……俺が悪かったよ」

梢「もう葉ちゃんに会えないなんてやだよ…」

葉一「俺だって嫌だよ…だけど、どうにもならないだろ」

梢「うぅ………」

葉一「だから泣くなって!…ったく、しょうがないな………ほら、手出せ。指切りだ」

梢「え?」

葉一「必ずまた会える。約束だ」

梢「うん…約束」

葉一「あ、でも大きくなったら、梢の事わからないかもしれないよな………そうだ、お前 笛吹けたよな?」

梢「うん…」

葉一「じゃあ毎日吹くんだ。そしたらどんなに変わっても、お前だってわかるから」

梢「でも…それだけじゃ私だって事、わかんないよ…」

葉一「じゃあ…お前の母さんがいつもピアノで弾いてた曲。あれならわかりやすいよ」

梢「あの曲は難しすぎるよ…私には無理だもん」

葉一「最初から無理だって決めるな。いっぱい練習したらきっとできるようになるって。 梢はいつも頑張ってるじゃないか、大丈夫だよ」

梢「葉ちゃん…うん、わかった。私、頑張るよ」

葉一「よし!やっと笑ってくれたな」

梢「…うん。ねえ、葉ちゃん?」

葉一「何だ?」

梢「私からも約束していい?……また会えたら、その時は………」

葉一「…んっ……夢か……」

電車に揺られているうちに眠ってしまったらしい。

葉一「何で昔の夢を見たんだろ……あいつ元気かな…」

「次は明星〜、明星〜。お降りの方は…」

どうやら次で目的地に到着らしい。危うく寝過ごすところだった。 窓の外の景色は次々と流れて行く。寝る前に比べ、建物よりも木々が目立つようになって きている。

葉一「遠くまで来たよな…都会から離れて暮らすのは初めてだし………不安だよ」

独り言を言いつつ、次の駅で降りるために荷物を降ろす。 周囲に目をやると、車内は自分以外誰もいなかった。

(なんか寂しい…)

そうこうしているうちに、電車は止まった。アナウンスが駅に着いた事を告げる。 旅行用の大きなバッグを左肩にかけて、葉一は電車を降りた。 駅を出ると、目の前にのどかな町並が広がっていた。

(静かだな…でも、人が多すぎる都会に比べれば悪くないか…)

葉一「さて、とりあえずどっちに行けばいいのか……あの人に聞いてみるか」

近くにいた駅員らしき初老の男性に近付いて行く。

葉一「すいません、明星学園にはどうやって行けばいいんですか?」

駅員「ん?…ああ、そこの角を右に曲がって、坂を真っ直ぐ行けばいいよ。歩くと三十分 はかかるかな…でも今の時間だとバスは無いな。あと二時間は待たないと」

葉一「二時間…、だったら歩くか…」

駅員「結構大変だぞ。それに、そんな荷物持ってるんじゃ疲れるだろ。車出してやろう か?」

葉一「いえ、仕事中に悪いですよ。それに、これでも鍛えてますから。歩くのも好きです し」

駅員「そうか…しかし、こんな時期に学園に何の用だい?」

葉一「転校してきたんですよ。九月から明星学園に通うんです」

駅員「へえ〜、でも今は夏休みだからなぁ。生徒さん達はみんな故郷に帰っちまってる ぞ。せめて来月に来れば良かったんじゃないか?」

葉一「それが…父が転勤で海外に行く事になって。二年は帰って来れないからって母も一 緒に行きました。今まで住んでた家も売ったので、ここに来るしかないんですよ。明星学 園なら全寮制だから、住む場所に困りませんしね」

駅員「そうかい…。でも寮に残る生徒さんもいるらしいから。もしかしたら、誰かいるか もしれないな」

葉一「そうなんですか?じゃあ寂しくはないかな…」

駅員「そうかもな。しっかり頑張れよ」

葉一「はい、ありがとうございます。じゃあ、そろそろ行きます。仕事の邪魔してすいま せんでした」

駅員「何、気にするな。気をつけてな。たまには顔見せに来いよ!」

笑顔で送り出してくれる駅員さんだった。

俺の名前は霧羽葉一、高校二年で16歳だ。

七月の半ばに父親が海外転勤になって、俺は 一人日本に残された。

二年は向こうにいる事になるらしく、家に一人は寂しいだろうと、 俺は全寮制の明星学園に転校することになった。

いきなりの転校で友人と離れ離れになって、辛いと思うのが普通だろう。

だが、今まで通っていたあの高校はとても厳しく、常に成績のみを求められる実力主義。

他人を蹴落としてでも、上を目指す事を求められるのだ。

それでは友情など育つはずもない…誰もが、最初は仲が良くてもいずれは競い合い、相手 に勝つ事だけを目指す。

実際、学校内で生徒同士が親しく話す光景はあまり見ない。

俺自身の成績はそんなに悪くはない。

一つの学年に150人いるが、いつも上位50番以 内には入っていた。

…ただ、その教育方針に嫌気がさしていたのだ。


そんな時に父親の転勤ついでに俺も転校。

知らない土地での生活に不安はあるが、少なく とも今までよりはのんびりできるだろうから、転校して良かったと思っている。

さっき体を鍛えていると言ったが、あれは本当だ。

祖父の剣術道場に通っていたのだ。

父 も俺と同じくらいの時に祖父に習っていたらしいが、腕前は見た事はない。

祖父の話では あまり真面目ではなかったらしい。

俺も中学までは習っていたが高校進学と同時に辞めている。

それでも月に一度は顔を出し ているし、今でも毎日素振りをしているので、鍛練は怠ってない。

祖父は厳しいが温和な性格で、孫の俺に優しくしてくれた。

父が仕事で忙しくてあまり遊 んでもらえなかったが、祖父のおかげで寂しくはなかった。

祖父は剣術を教えながら、よくこう言っていた。

「儂らの剣は相手を傷付けるための剣ではないのだ。心を伴わない力はただの暴力にしか ならん。人を思いやる優しさと、人を護る強さを持て。護るものがある剣士になれ」

その教えは今でも俺の信条だ。だから不必要な争いはしない。

まあ、やむを得ない場合は 除くが。 ちなみに喧嘩で負けた事は無い。

葉一「そういえば、出発前に挨拶に行った時にじいちゃんが言ったあれって…」

祖父「お前は強くなった。あとは護るべきものを見つけろ。見つける事ができたら、一人 前だ」

葉一「よくわかんないな…」 考えながら、学園へ歩きだす葉一だった。


第1話  完

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