第2話
約束された再会

葉一「あっちぃ〜…」

陽光の照り付ける坂道を、重い荷物を背負ってひたすら歩く。

Tシャツの上にノースリー ブの上着という格好だが、昼下がりの太陽の放つ熱気は、さすがの葉一でもつらい。

葉一「太陽は働き者だな…たまには休めよ」

額から流れる汗を拭いて、ぼやく。

葉一「せめてコレも配送してもらえば良かったかな…」

背中にある、布に覆われた細長い物体に目をやる。

葉一「でもじいちゃんから貰った大切な物だしな…」

別れ際に祖父に渡された物…

葉一「よいか…、この剣は我が家に伝わる家宝だ。決して失くしてはならぬ…」

(そんなもの俺が学校に持って行っていいのか…?)

葉一「見つかったらどうすんだよ……はぁ〜………?ん……」

ふと、そよ風が吹いた瞬間。何かが耳に飛び込んできた。

(何かの音?この坂の先から聞こえるのか…)

葉一は、何かが心に引っ掛かって離れないような心境で歩き続けた。

(これは…笛の音?)

心なしか歩くペースを上げて、ひたすら歩き続ける葉一。 だんだんと、はっきり聞こえてくる音色に、流れる汗にもかまわず、

葉一はいつの間にか 走っていた。

葉一「はぁはぁはぁ……くそっ!」

もつれる足に、重い荷物に悪態をつきながら、ひたすら走る。

笛の音に導かれるように走り続ける葉一。

そうして辿り着いた先は…

葉一「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

(ここはどこだ?)

呼吸を整え、周囲に視線を移すと、葉一の目の前に大木がそびえ立っていた。

(すごい木だな……………あれ?何か…聞こえるような…)

笛の音とは別に、何か耳鳴りが…

(…って、それどころじゃない!)

葉一「笛の音は…この先か?」

荷物を地面に置いた葉一は、大木を通り過ぎて、目を奪われた。

…視線の先に広がる景色。

そこは一面が緑色に染まる草原…広がる青空…街が見渡せるく らい高い丘だった。

葉一「あれは…?」

丘の真ん中あたりに立っていたのは、白いブラウスの上に淡い水色のベストを着た、ロン グヘアーの黒髪を黄色のリボンで結んだ女の子。

こちらに背を向けているからよくわからないが、どうやら明星学園の生徒らしい。

制服姿 で、ただ静かに笛を吹いている。

(あの子が吹いていたのか…どこかで聴いたことあるような…?それにしても、優しい音 色だな)

どれほどの間、耳を傾けていたのだろうか…笛の音が止んだ。

(あれ?なんだろう……この感じ……寂しいというか……忘れていた何かを、思い出せそ うだったような…)

もやもやする心をよそにして、葉一は女の子のもとへ歩きだした。

(とりあえず話しかけてみるか)

葉一「心の息吹?」

女生徒「えっ!?………あっ……」

葉一の存在に気付いていなかったらしい。

女の子は驚いてこちらを振り向き…さらに驚い たような、それでいて、喜びと期待と不安を混ぜたような表情で葉一を見た。

女生徒「あの…、えっと、………聴いてたんですか?」

葉一「うん、遠くから聞こえてきたからね。…いつもここで吹いてるの?」

女生徒「え?…あ、はい…ここで練習してます……よく知ってましたね?」

葉一「え?」

女生徒「この曲の題名。あまり有名じゃないですよ」

葉一「あ、ああ…まあね、一応は。吹奏楽部なの?」

女生徒「違いますよ。…その…、好きなんです、笛を吹くのが。幼い頃から」

葉一「へぇ…、素敵だね」

(何を言ってるんだ俺は!まるでナンパしてるみたいじゃないか!)

女の子がこちらをじっと見てる…その事が葉一を慌てさせていた。

(女の子と話すのは初めてじゃないのに…なんで、こんなにドキドキするんだ?)

女の子は視線を葉一から逸らさずに、手に持っているフルートをぎゅっと握っていた。何 かを期待するかのように…

(この気持ちは…?笛の音を聴いた時から消えない、心の奥の何か………っ!)

何かが、自分の心に流れ込んできたような気がした。

(何だ、これ?)

と思った瞬間…葉一は自然と口を開いていた。

葉一「もう一回、聴かせてくれないか?…梢の笛はとても綺麗で優しいか…ら………! あっ」

心のもやもやが全て消え去って、葉一は思い出した。

葉一「梢…なのか?」

梢「うん…そうだよ…葉ちゃん!」

梢の顔は喜びで溢れていた…周りにまで伝染しそうなくらいに。

葉一「もしかして、あの時の約束をずっと守っていたのか?」

梢「だって、約束なんだから…私がどんなに変わっても、葉ちゃんが私の事を私だってわ かるように…」

その時、一瞬だけ梢の瞳の色が青空のような紺碧に見えたような気がした。

葉一「そうだったな。…笛、上手くなった。昔よりずっと。綺麗で優しくて、暖かいよ …」

梢「うん…だって、だって……葉ちゃんに届けたかったんだもん……私…の……っ!」

喜びの表情がいきなり変わり、梢の瞳は涙を浮かべていた。

葉一「梢…泣くなよ」 梢「だぁってぇ……ううっ…」

瞳から涙を流し、梢は葉一の胸に飛び込んで行った。

梢「…葉ちゃぁんっ、会いたかったよぉ!」

自分の胸の中で泣く梢の頭を、流れるように綺麗な髪を、優しく撫でながら、葉一は微笑 んでいた。

葉一「ごめんな…遅くなって。でも、これからは、また一緒だ」

梢「えっ…もしかして、明星学園に転校してきたの!?」

抱き付いたまま、驚いて泣き顔をこちらに向ける梢。

葉一「ああ。九月からだけどな」

梢「また一緒にいられるんだね。小さかったあの頃みたいに…」

そう言う梢の笑顔は…とても眩しくて、綺麗だった。

鷹坂梢、俺と同い年だ。

梢の家が引っ越して行ったのは、今からちょうど七年前の夏。

どういう事情だったかは忘れたが、とにかく、俺は梢がいなくなって寂しかった。

物心つ いた時からいつも一緒だったから…幼馴染みってやつだ。

お互い友達はいたから別々に遊ぶ事もあったが、遠足なんかは必ず同じ班だった。

家も隣 りで、学校に行くのも帰るのも一緒だった。

そんな梢がいなくなった後、俺はがむしゃらに頑張った。

剣術も勉強も… 何故かはわからない。

あの頃の事は今では思い出せないから。

たぶん、寂しさを紛らわしたかったんだと思う。

でも今は…また梢と同じ場所にいる。

それだけで充分だから…

第2話  完

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