第3話
風吹く丘で

葉一は両親や自分の事を梢に説明した。

葉一「まったく…酷い親だよ、父さんも母さんも。可愛い息子を、一人で日本に放り出し て。自分達は仲良く海外で生活ときた」

梢「あははっ…仕方ないんじゃない。おじさんもおばさんも、とっても仲良かったから」

二人は並んで大木の側に座り、木の幹に寄り掛かりながら話をしていた。

木の下は日陰に なっているから涼しいし、何より丘から吹く風が心地よかった。

梢「いつも幸せそうだったから…ちょっと羨ましかったな」

葉一「良すぎるんだよ…息子の前でベタベタする親を見るのは、正直いい気はしないな …」

梢「だから、二年も離れるなんてできないんだよね」

葉一「母さんは『浮気しないように見張らないとね♪』なんて言ってたが…あの父さんが 浮気なんてあり得ないな…」

梢「ふふっ、そうだね」

葉一の両親はそれくらい仲の良い夫婦だった。

何でも祖父の剣術道場に通っていた父が練習中に、用事で来ていた母に一目惚れしたそう だ。

当時高校生だった父は、抜群の運動神経と気さくな性格でかなりモテていたらしいが、何故か告白されても断ってばかり。

それが、一目惚れした同い年の母に熱烈な求愛行動に出て、二人は結ばれた。

父「俺が母さんに告白できたのは、実は母さんのおかげなんだよ」

そんな事を以前に父が言っていたが、よくわからない。聞いても詳しく教えてくれないの だ。

父「いつかお前にもわかるさ」

(今だにわかんないって、父さん)

葉一「まあ両親の事はともかく、転校して良かったよ」

梢「え、それって…また私と会えたから?…」

顔を赤らめる梢。

葉一「あ、いや…まあ、そうなんだけど」

(って、何で俺まで照れてんだ!)

葉一「コホン…それだけじゃないんだ」

葉一は前の学校の教育方針について、梢に話した。

梢「聞いたことあるよ。すごい進学校で、勉強でもスポーツでも常に一番を取らないと駄目だって……葉ちゃんて、頭いいんだ…」

梢の羨望のまなざしが俺に注がれた。

葉一「そんな大したことはないんだよ。成績は悪くなかったけど、あの学校じゃ、俺は一 番になんてなれないよ。せいぜい40番がいいとこだ」

梢「それでも凄いよ!それにね…」

視線を青空に向けて話す梢。

梢「誰かの上に立つことが一番じゃないよ。精一杯努力して、頑張る事が大切なの。…… 周りの事なんか気にしないで。たった一人でもいいから、自分じゃない誰かに、自分が やっている事を認めてくれたら、褒めてくれたら。そしたら、それが自分にとっての一番 だと思うの」

何だか梢がとても大人びて見えた。

葉一「………梢は、そうやって今まで頑張ってきたのか?……お前は凄いよ」

葉一はなんとなく、自分だけが取り残されたような寂しさを味わっていた。

梢「ううん、私が頑張ってこれたのは…葉ちゃんのおかげだよ」

葉一「俺は何もしてないぞ?」

梢「そんなことないよ。七年前のあの時、私と葉ちゃんがしたあの約束…。葉ちゃんが、 頑張れって言ってくれたから…だから私は一生懸命にフルートを練習したんだよ。あの 『心の息吹』だって…葉ちゃんに聴いてほしくて……っ!だから…」

梢はうつむいて肩を震わせて…今にも泣きそうだった。

葉一「…言っただろ、綺麗で優しくて、暖かいって。梢の笛はとても凄いよ…なんていう か、いつまでも何回でも、ずっと聴いててもいいなって思えたよ」

梢「ほ、本当?私の笛、下手じゃなかった?」

パッと笑顔を輝かせて、俺を見る梢。

葉一「だから上手くなったよ、本当だって。…また聴かせてくれな」

梢「うん!」 またあの青い瞳が見えた気がしたが…梢の笑顔がそれを忘れさせた。

梢「そういえば、葉ちゃんて剣術習ってたよね。今でもやってるの?」

葉一「ああ。道場には通ってないけどな。練習はちゃんとしてるさ。だから木刀も持って きてるし、ここでも練習は続けるつもりだよ」

梢「木刀ってあれ?」

俺の荷物を見て指差す梢。それは布で覆われた家宝の剣…

葉一「いや、あれはじいちゃんに貰ったんだ。何でも霧羽家の家宝らしい…ここに来る前 に渡されたよ」

梢「そっか…葉ちゃんは昔から強かったもんね…。おじいちゃんが、葉ちゃんの事一人前 だって認めてくれたのかな?」

葉一「そんなことはないさ、まだまだだよ。…まだ足りないんだ……」

『護るべきものを見つけろ』 祖父の言葉を思い出し、葉一は表情を曇らせる。

梢「……頑張ってね、応援してるから」

葉一「ああ、ありがとう。俺も頑張るよ、梢に負けないくらい…」

どれだけ話していたのか… 楽しい時間はあっという間に過ぎて…太陽はかなり傾いてきていた。

葉一「もうこんな時間…そろそろ行こうか」

立ち上がり、服に付いた汚れを払う葉一。

葉一「ところで学園はどこなんだ?案内してくれ」

同じく立ち上がり、汚れを払う梢は不思議そうに言った。

梢「え?葉ちゃん…下の坂道から来たんだよね?…途中にあったはずだよ。大きな門だか ら見逃すはずないと思うけど…」

葉一「そんなものあったかな…?そういえば、ここまで走ってきたんだっけ」

梢「あの坂を!?歩くのも大変なのに…さっすが葉ちゃん!凄いよ!……でも、何で通り 過ぎたんだろ?」

不思議そうに首を傾げる梢。 葉一は心の中で呟いた。

(笛の音を聴いて走ってきたなんて言えるかよ…恥ずかしい)

さっきはもっと恥ずかしい事をしていたのに、今更照れる葉一だった。

葉一「ほら梢、置いてくぞ!」

梢「葉ちゃん、待ってよ!一緒に行こう」

荷物を担いで歩きだす葉一に、梢は追いついて手を繋ごうとする。

葉一「おい、歩きにくいぞ。……それに、恥ずかしいだろうが…」

梢「え〜、昔はよく手を繋いで帰ったのにぃ。いいでしょぉ〜」

葉一「昔と今は違うだろうが…こら止めろ!そんな声出して甘えるな…」

歩きながら手だけの攻防を繰り返す二人。

でも…傍から見れば、仲良くじゃれあっているようで…微笑ましい光景に見えた。

第3話  完

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