(香介の奴…大丈夫かな?)
葉一は坂を上りながら、部屋で屍をさらしていた親友を思い出してちょっとだけ心配になった。
栞「いつもの事よ♪」
なんて言っていた栞の言葉が思い出されたが…
(どう見ても…アレを食らったな)
栞の必殺技である
『脳天唐竹割り』が直撃したらしい。香介の頭部にはかなり大きいタンコブがあった。
葉一「ま、どうせ自業自得だろうしな」
勝手に納得して、葉一は梢の元へと急いだ。笛の音が響く丘へ…
梢は葉一を待っている間、フルートを吹いていた。
(…やっぱり、ここは気持ちいいな)
フルートを奏でながら、梢の心はとても穏やか……
(でも…早く来ないかな…)
でもなかった。少し、むくれた表情をしているのだ。
(待つのは嫌いじゃないけど、あんまり遅いと時間無くなっちゃうよ。せっかく…二人でお出かけなのに…楽しみにしてたのに…)
そうして何分か経って、後ろから駆けてくる気配を感じて振り向いた。
葉一「悪い、遅くなって」
梢「…ホントだよ。…練習してたから別にいいけど…」
そう言いながらも不満そうな表情は消えない。
葉一「いや、そんな顔しないでくれよ。…香介が廊下で死にかけてたんでな、部屋まで連れてってやったんだよ」
梢「…言い訳なんか聞かないから」
葉一「どうすればいいんだよ〜」
梢「………」
葉一「梢ぇ〜…はぁ」
梢「腕組んで歩いてくれたらいいよ」
葉一「………は?……て、いいっ!?」
言葉の意味を理解するのに数秒を要した…
葉一「な、何でだよ」
梢「遅刻の罰。それにデートなんだから当たり前でしょ?」
葉一「いや、確かに約束の時間より遅れたのは悪かったけど…別に、その…」
梢「その、何?」
葉一「え、と…それはだな…その、デートってわけじゃないんだか…ら…あれ?」
何か違和感を覚えた。
葉一「…いつからデートになったんだ?」
梢「…違うんだっけ?」
葉一「オイ!…まったく、…焦っただろうが」
梢「えへへ〜♪」
途端に表情がコロッと変わる梢だった…
葉一「しかし、ホントにいい風だな」
丘から街を見下ろす二人に、穏やかな風が吹き付けていた。
梢「うん。ここって『風の丘』って呼ばれてるから」
葉一「へえ、そうなんだ。まあ、確かにいつも風が吹いているみたいだからな」
この丘はどうやら風の通り道らしく、常に穏やかな風が吹いている。
葉一「いい場所だよな。もしかして人気の場所とか?」
梢「うーん、それがそうでもないんだ」
葉一「そうなのか?こんなにいい場所はそうそう無いぞ」
梢「坂を上らないといけないし、それにね」
視線を学校の方に向ける梢。
梢「学校の向こう側にも、同じような場所があるの。学校の敷地内だからそんなに離れてないし、風も気持ちいいみたいだよ。だから殆どの人は向こうに行くの」
葉一「梢は行かないのか?」
梢「確かにいい場所だとは思うけど…なんていうか、ちょっと違うんだ」
後ろにある樹を見る梢。
梢「ここにいるとね、誰かに護ってもらってるような気がするの」
梢の言葉に複雑な表情を見せる葉一。だが、梢は気付かずに続ける。
梢「向こうのは『大樹の丘』って呼ばれてるんだけどね。…そこにいると嫌な感じがする
の」
葉一「嫌な感じ?」
梢「うん…よくわからないけど、そう思うの」
何か不安そうな表情を見せる梢。それを見て、葉一は話題を変えることにした。
葉一「そういえばさ、学校で香介の悲鳴聞こえただろ?…想像通りだったよ」
梢「じゃあ…やっぱり?」
顔を見合わせる二人。
葉一「ああ、栞にKOされてた。ただ、ちょっと違ってたんだよ」
梢「何が?」
葉一「栞が怒ってなかった。むしろ笑顔だった気がするな。香介が何か言ったのは確かなんだが…」
梢「栞ちゃん…何かいい事でもあったのかな?」
葉一「だったら香介がやられる必要ないだろ。しかも…『脳天唐竹割り』だぞ」
梢「…たぶん照れ隠しじゃないかな?」
葉一「照れ隠し?」
梢「うん。あの二人って、いつも喧嘩してるように見えるけどね、仲は良いんだよ。お互い名前で呼び合ってるし」
葉一(あの二人が仲がいい…ねぇ)
あの惨状を見るに、とてもそうは思えない。
葉一「まあ、喧嘩するほど仲が良いって事かな」
梢「…二人が聞いたら怒りそうだね」
葉一「特に香介がな」
梢「そうだね。…あ、そろそろバス停行こうよ。」
腕時計を見て時刻を確認する梢。
葉一「そうだな。さすがにあの坂を歩くのは、下りでも勘弁してほしいな。…そういえば、いつの間にバスの時間見に行ったんだ?」
梢「朝、散歩した時にね。そういうのは、前もって確認するものだよ。葉ちゃんて時間にルーズなんだね」
葉一「むぅ…否定できないな」
梢「そんなだから約束の時間に遅れるの…ひどいよ…」
拗ねる梢。
葉一「悪かったよ、だってな…いや、言い訳するのも謝るのも男らしくないか」
そう言って、葉一は梢に寄り添った。
梢「え、え、ええっ!?」
葉一「腕組むんだろ。それとも、嫌か?」
梢「そ、そんな事ないけど…その、恥ずかしい…かな…」
葉一「そう言ったのは梢だろ?…恥ずかしいのは俺も同じだ」
梢「う、うん。じゃあ…」
梢は顔を真っ赤にして、葉一の左腕に自分の右腕を絡ませた。
梢「えへへ…これで、誰が見てもデートだね♪」
葉一「…そうだな。ほら、行くぞ」
葉一の顔も真っ赤だが、やや嬉しそうで、それでいて複雑な表情にも見えた。
葉一(梢とデート…か。今の俺にはそんな資格は無い。恋人にはなれないんだ。ただ、梢が喜ぶ顔が見たいから。それだけさ)
心の中を悟られないよう、葉一は梢に笑顔を向けた。
そんな葉一を、梢は少し照れた表情で見つめ返した。
梢「それじゃあ、デートに出発!」
歩きだす二人を見送るかのように…大樹の枝が風に揺れた。
第10話 完
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