第12話
[久遠]

どうにか梢の怒りを鎮めた葉一は、疲労を感じて溜息を吐いた。

葉一(まったく…ヤキモチなんて妬くなよ)

とはいえ、夜凪は確かに美人である。普通の男なら間違いなく目がいくだろう。葉一の言葉は、もっともではある…しかしながら、梢のヤキモチもまた至極当然なのだ。女心は男には理解出来ないものである。

梢「それで、夜凪さんには恋人さんとかいないんですか?」

食事を終えて、三人でのんびりと会話していたところに、梢は葉一と同じ質問を口にした。

夜凪「私?うーん、それは…その、なんていうか」

歯切れの悪い返答をする夜凪だが、意を決したように話し始めた。

夜凪「別に恋人ってわけじゃないんだけど、…ある人を探してるの」

梢「ある人?それって男性ですか?」

夜凪「ええ、そうよ。私は以前この街に住んでいたんだけどね。事情があって離れ離れになったの。だから、もう一度会いたくて…喫茶店始めたのも、またあの人に会えるかもしれないから…」

梢「…そうだったんですか。なんだか私と葉ちゃんみたいですね」

夜凪「ふふっ、そうね。せっかく会えたんだから、あなた達はもう離れちゃ駄目よ?」

梢「はい♪」

店内の静かな空間に、三人の会話と音楽が流れていた。

梢「あれ?この曲どこかで聴いたような…」

夜凪「ああ、これはね。『久遠』ていう曲なの」

葉一「この曲は…そうだ!梢のお母さんの作曲じゃなかったか?」

梢「言われてみれば、確かにお母さんがピアノで弾いてた曲だね」

夜凪「え?お母さんって…鷹坂蓮菜さんは梢ちゃんのお母さんなの!?」

梢「はい、そうですよ。お母さんを知ってるんですか?」

夜凪「私、蓮菜さんの大ファンなの!会いたいなぁ〜、サイン欲しいよ〜」

子供のように無邪気にはしゃぐ夜凪さんは、実に楽しそうだ。

梢「それが、一週間前から演奏旅行に行ってまして…早くても十月にならないと帰って来ないです」

夜凪「残念〜。じゃあ、帰って来たら紹介してね♪」

梢「はい。お母さんも喜びますよ」

曲が終わり…次の曲が流れ出した。

葉一「この曲は…梢が吹いてたやつだな」

梢「『心の息吹』だね」

夜凪「え!?梢ちゃん、この曲演奏できるの?」

梢「は、はい。フルートでよく練習してます」

夜凪「私、『心の息吹』と『久遠』が一番好きなの!ねえ、今吹いてもらえるかな?」

梢「はい、いいですよ」

梢は鞄からフルートを取り出し、店内に流れる曲に合わせて奏でる。

梢「♪〜〜♪〜♪」

スピーカーから流れる音と、フルートから奏でられる音色は絶妙に合わさり…オーケストラの様に店内に響いた。

葉一(相変わらず、いい音色だな)

見れば夜凪も、目を閉じて曲に聞き入っているようだ。

曲が終わり…店内はまた別の曲が流れ出した。

夜凪「スッゴーイ!!とっても上手だね!」

夜凪の拍手と歓声が店内に響く。

梢「えへへ…ありがとうございます」

照れた様子でお礼を言う梢。

葉一「そういえば、今かかってる曲も梢のお母さん、蓮菜さんの曲ですね」

夜凪「わかっちゃう?私、蓮菜さんのピアノ大好きだから、毎日店内で流すことにしたんだ♪」

葉一(余程好きらしいな…まあ、わかるけど)

そこに、お客さんらしい三人組の女の子が店内に入って来た。

夜凪「あ、いらっしゃいませ♪」

客をテーブルに案内する夜凪。

葉一「そろそろ行こうか、梢」

梢「そうだね」

夜凪「もう行っちゃうの?」

葉一「はい。忙しいところを邪魔するわけにはいきませんし。ここにお金置いておきますね。どうも、ごちそうさまでした」

カウンターに食事代を置いて、二人はドアを開けて店を出る。

夜凪「またね〜♪」

梢「はい、また今度来ます♪」

すっかり仲良くなった様子の二人は、互いに手を振っている。

葉一「いい喫茶店だったな」

梢「うん♪今度は栞ちゃん達と一緒に来ようね」

葉一「栞はともかく、香介がなぁ…間違いなく夜凪さんを口説くだろうな」

梢「そして、栞ちゃんが怒って…はぁ〜、どうしよう」

不毛な悩みである。

葉一はふと、何かを思い出した。

葉一「そういえばさ、あの喫茶店の名前。『eternity』って『久遠』て意味にならないか?」

梢「そうなの?そんなにお母さんの曲、好きなのかな?」

葉一「そうかもな。あんなにはしゃぐなんて、まるで子供みたいだったよ」

夜凪の喜びようを思い出して、葉一は笑みを浮かべた。

葉一「さてと…一時間くらい店にいたみたいだな。早く買物済まさないと、バスに乗り遅れたら大変だ」

梢「うん、行こう」

葉一は梢に案内してもらい、いろんな場所を回った。買物といっても、それほど買う物があるわけではないので、必要な物を買いながら梢に街を案内してもらっている感じだ。

葉一「こんなものかな」

買物は二時間で終わった。葉一の両手に紙袋が二つずつ、梢が小さな箱を抱えていた。

梢「これで全部なら、夜凪さんの店に寄らない?」

葉一「『eternity』に?何かあるのか?」

梢「様子見て来たいの。気になるんだもん」

葉一「それもそうだな。じゃあ行くか」



再び『eternity』のドアをくぐると…

夜凪「いらっしゃいませ〜…って。葉一君に梢ちゃん、どうしたの?」

席は全て埋まっていた。客は全員女の子だ。

梢「どんな様子か見に来たんですけど…いっぱいですね」

夜凪「ゴメンね〜、満席なんだ」

葉一「大変そうですね。手伝いましょうか?」

夜凪「え、そんな悪いよ」

梢「気にしないでください。このまま帰るのも、なんですしね」

夜凪「そこまで言うならお願いしようかな」

葉一「任せてください!」

梢「頑張ります♪」

役割は、梢が注文を取り、夜凪が調理し、出来た料理から梢が運んでいく。ちなみに葉一はというと…調理と接客の両方をやっていた。

忙しいので会話する暇すらないが、三人共楽しそうに働いていた。

葉一(たまには、こんなのも悪くないな)

自然に笑みが零れる葉一だった。


第12話  完

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