第17話
自分に正直に

葉一は学園の図書館で、『月夜恋歌』を読んでいた。かなり集中して読んでいるらしく、廊下に響く足音にも気付かない。

武宮「何だ、こんな所にいたのか」

扉を開けて入って来たのは武宮だった。

葉一「あ、先生。今帰って来たんですか?」

武宮「ああ。お前はこんな時間まで何してるんだ?」

葉一「え?…あ、もうこんな時間なのか」

時計を見ると、既に夜の10時を過ぎていた。

葉一「この本を読んでたんですけど…つい熱中してしまいました」

武宮「読書するのはいい事さ。さて、俺は戸締まりしないといけないんでな、悪いが続きは部屋でやってくれ」

葉一「わかりました。ところで、先生はこんな時間まで何処にいたんですか?電話じゃ何も言ってませんでしたけど」

武宮「それは…まあな」

歯切れの悪い返事をする武宮。

葉一「もしかして、夜凪さんの所?」

武宮「む…よく分かったな」

葉一(バレバレだよ…)

武宮「お前達が帰った後に寄ったんだ。そしたら忙しそうだったんでな…その、一応約束だったからな」

どうやら図星らしい。それにしても…と、葉一は思う。

葉一(別に隠すような事でもないと思うけど…)

武宮「なあ、葉一」

いきなり真面目な顔になる武宮。

武宮「前にも聞いたが…お前の護るべきものは何だ?」

葉一「それは、まだ…」

武宮「そうか」

葉一「…先生は、何の為に剣を握るんですか?」

逆に武宮に尋ねる葉一。たが、武宮はキッパリと答えた。

武宮「大切な人を護る為だ。俺はその為に強くなった」

葉一「在来りですね」

武宮「お前が考え過ぎなんだよ。理由なんて人それぞれなんだ。じいさんの言葉を真に受けるな、自分の心に正直になれ」

葉一「自分の心に…俺は…」

武宮の言葉は葉一の心に重くのしかかっていた。

葉一「…先生は大切な人がいるんですか?」

武宮「ああ」

葉一「それって…」

武宮「すまん、今はまだ話せないんだ。時が来ればお前達にも話す。だから今は…」

武宮の真剣な表情を見て、葉一は詮索するのを止めた。

葉一「わかりました。でも、その時が来たら俺達も力になりますから」

武宮「ばぁか、人の事より自分の事を心配しろ」

葉一「そうでした。…それじゃ部屋に戻ります、お休みなさい」

武宮「ああ、お休み」



葉一が部屋に入ると、香介は既に眠っていた。

葉一「香介達も大変だったみたいだな」

葉一達が学園を留守にしている間…香介と栞は、留守番と学園内の掃除をするように武宮に命じられていた。余程疲れたらしく、夕食が終わると、二人は「寝る」とだけ言って部屋に戻ってしまったのだ。

梢も疲れたのか、栞と一緒に部屋に戻っている。

葉一「明日は喫茶店休みだしな。少しくらい夜更かししてもいいよな」

葉一は自分に言い聞かせるように呟き、机に向かい本を開いた。

最後の四章を読み始める葉一。

物語はクライマックスに突入し、秘められていた謎が解けていく。そして…結末は悲恋ではなく、幾度となく引き裂かれた二人がようやく結ばれて…物語は終わった。

葉一「時を越えて結ばれる恋人か…」

呟く葉一の瞳から一筋の涙が流れ、本を閉じた。そして、この感動的な物語を忘れないよう、目を閉じて物思いに耽っていた。

その時、机の上に置かれている携帯電話の電子音が鳴った。

葉一「何だ?こんな時間に…」

いつの間にか日付が変わっていた。画面を見るとメールの着信があった。

葉一「梢から?まだ寝てないのか……っ!!…そんな…梢」

『朝7時に風の丘で待っています。そこで七年前の約束を守って下さい』

葉一はメールの内容を見て驚き、戸惑った。

葉一(今の俺に梢との約束を果たす資格は無い。でも梢は…俺はどうすればいいんだ)

結局、答が出ないまま…葉一は眠りに就いた。



朝になり、自然に目が覚めた葉一。意識はハッキリしているが、心は沈んでいた。

葉一(正直に話すべきか…いや、それだと梢を悲しませてしまう…)

約束の時間は迫っている…迷っている暇は無い。

葉一は着替えて外に出たが…どうしても心が決まらず、玄関に座り込んでしまった。

どれだけ時間が経ったのか…いつの間にか葉一の前に誰かが立っていた。

栞「おはよう葉一君。こんな所で何してるの?」

葉一「栞か…いや、ちょっとな」

栞「梢の事?」

葉一「なっ…何で!?」

栞「判るのかって?当然よ…だって起きたら梢がいなくて、枕元にメモがあったの。『風の丘に行って来ます』って。こんな朝早くにどうしてって思って外に出たら、葉一君を見つけてね」

葉一「鋭い奴……なあ、栞。約束は守らなきゃ駄目だよな」

栞「梢との約束の事?」

葉一「何でその事を…」

栞「梢が言ってたの。どんな約束かは教えてくれなかったけどね。…で、葉一君は約束を守れないと。そういう事?」

葉一「ホントに鋭いな……ああ、その通りだ。俺はどうしたらいいんだろうな」

栞「自分の気持ちに素直になれば?好きなんでしょ、梢の事」

葉一「えっ?でも、それとこれとは話が」

栞「違わないわ。少なくとも、梢にとっては同じ事よ。いい?…確かに約束は大切だけど、一緒にいればいつだって守れるじゃない。今大切なのは、お互いの気持ちよ」

栞の言葉に、葉一は覚悟を決めた。

葉一「栞の言う通りだな…ありがとう」

栞「いいのよ、梢には幸せになって欲しいもの。さあ、梢が待ってるわよ?」

葉一「もうこんな時間!?…また後でな!」

立上がり梢の元へ走る葉一…それを見送る栞。

栞「健闘を祈るわよ……葉一君…梢」

梢がいるであろう方角を見て、栞は二人の幸せを祈った。

第17話  完

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