葉一は学園の図書館で、『月夜恋歌』を読んでいた。かなり集中して読んでいるらしく、廊下に響く足音にも気付かない。
武宮「何だ、こんな所にいたのか」
扉を開けて入って来たのは武宮だった。
葉一「あ、先生。今帰って来たんですか?」
武宮「ああ。お前はこんな時間まで何してるんだ?」
葉一「え?…あ、もうこんな時間なのか」
時計を見ると、既に夜の10時を過ぎていた。
葉一「この本を読んでたんですけど…つい熱中してしまいました」
武宮「読書するのはいい事さ。さて、俺は戸締まりしないといけないんでな、悪いが続きは部屋でやってくれ」
葉一「わかりました。ところで、先生はこんな時間まで何処にいたんですか?電話じゃ何も言ってませんでしたけど」
武宮「それは…まあな」
歯切れの悪い返事をする武宮。
葉一「もしかして、夜凪さんの所?」
武宮「む…よく分かったな」
葉一(バレバレだよ…)
武宮「お前達が帰った後に寄ったんだ。そしたら忙しそうだったんでな…その、一応約束だったからな」
どうやら図星らしい。それにしても…と、葉一は思う。
葉一(別に隠すような事でもないと思うけど…)
武宮「なあ、葉一」
いきなり真面目な顔になる武宮。
武宮「前にも聞いたが…お前の護るべきものは何だ?」
葉一「それは、まだ…」
武宮「そうか」
葉一「…先生は、何の為に剣を握るんですか?」
逆に武宮に尋ねる葉一。たが、武宮はキッパリと答えた。
武宮「大切な人を護る為だ。俺はその為に強くなった」
葉一「在来りですね」
武宮「お前が考え過ぎなんだよ。理由なんて人それぞれなんだ。じいさんの言葉を真に受けるな、自分の心に正直になれ」
葉一「自分の心に…俺は…」
武宮の言葉は葉一の心に重くのしかかっていた。
葉一「…先生は大切な人がいるんですか?」
武宮「ああ」
葉一「それって…」
武宮「すまん、今はまだ話せないんだ。時が来ればお前達にも話す。だから今は…」
武宮の真剣な表情を見て、葉一は詮索するのを止めた。
葉一「わかりました。でも、その時が来たら俺達も力になりますから」
武宮「ばぁか、人の事より自分の事を心配しろ」
葉一「そうでした。…それじゃ部屋に戻ります、お休みなさい」
武宮「ああ、お休み」
葉一が部屋に入ると、香介は既に眠っていた。
葉一「香介達も大変だったみたいだな」
葉一達が学園を留守にしている間…香介と栞は、留守番と学園内の掃除をするように武宮に命じられていた。余程疲れたらしく、夕食が終わると、二人は「寝る」とだけ言って部屋に戻ってしまったのだ。
梢も疲れたのか、栞と一緒に部屋に戻っている。
葉一「明日は喫茶店休みだしな。少しくらい夜更かししてもいいよな」
葉一は自分に言い聞かせるように呟き、机に向かい本を開いた。
最後の四章を読み始める葉一。
物語はクライマックスに突入し、秘められていた謎が解けていく。そして…結末は悲恋ではなく、幾度となく引き裂かれた二人がようやく結ばれて…物語は終わった。
葉一「時を越えて結ばれる恋人か…」
呟く葉一の瞳から一筋の涙が流れ、本を閉じた。そして、この感動的な物語を忘れないよう、目を閉じて物思いに耽っていた。
その時、机の上に置かれている携帯電話の電子音が鳴った。
葉一「何だ?こんな時間に…」
いつの間にか日付が変わっていた。画面を見るとメールの着信があった。
葉一「梢から?まだ寝てないのか……っ!!…そんな…梢」
『朝7時に風の丘で待っています。そこで七年前の約束を守って下さい』
葉一はメールの内容を見て驚き、戸惑った。
葉一(今の俺に梢との約束を果たす資格は無い。でも梢は…俺はどうすればいいんだ)
結局、答が出ないまま…葉一は眠りに就いた。
朝になり、自然に目が覚めた葉一。意識はハッキリしているが、心は沈んでいた。
葉一(正直に話すべきか…いや、それだと梢を悲しませてしまう…)
約束の時間は迫っている…迷っている暇は無い。
葉一は着替えて外に出たが…どうしても心が決まらず、玄関に座り込んでしまった。
どれだけ時間が経ったのか…いつの間にか葉一の前に誰かが立っていた。
栞「おはよう葉一君。こんな所で何してるの?」
葉一「栞か…いや、ちょっとな」
栞「梢の事?」
葉一「なっ…何で!?」
栞「判るのかって?当然よ…だって起きたら梢がいなくて、枕元にメモがあったの。『風の丘に行って来ます』って。こんな朝早くにどうしてって思って外に出たら、葉一君を見つけてね」
葉一「鋭い奴……なあ、栞。約束は守らなきゃ駄目だよな」
栞「梢との約束の事?」
葉一「何でその事を…」
栞「梢が言ってたの。どんな約束かは教えてくれなかったけどね。…で、葉一君は約束を守れないと。そういう事?」
葉一「ホントに鋭いな……ああ、その通りだ。俺はどうしたらいいんだろうな」
栞「自分の気持ちに素直になれば?好きなんでしょ、梢の事」
葉一「えっ?でも、それとこれとは話が」
栞「違わないわ。少なくとも、梢にとっては同じ事よ。いい?…確かに約束は大切だけど、一緒にいればいつだって守れるじゃない。今大切なのは、お互いの気持ちよ」
栞の言葉に、葉一は覚悟を決めた。
葉一「栞の言う通りだな…ありがとう」
栞「いいのよ、梢には幸せになって欲しいもの。さあ、梢が待ってるわよ?」
葉一「もうこんな時間!?…また後でな!」
立上がり梢の元へ走る葉一…それを見送る栞。
栞「健闘を祈るわよ……葉一君…梢」
梢がいるであろう方角を見て、栞は二人の幸せを祈った。
第17話 完
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