葉一は梢の待つ風の丘に辿り着いたが、既に約束の時間を三十分以上過ぎてしまっていた
…
葉一「梢…いないのか」
葉一は辺りを見渡すが、人影は無かった。
大木の側まで歩いて来たところでがっくりと座り込む葉一。いつもなら心地よい風も、今は邪魔だった。葉一は泣きたい気持ちを堪えて顔を上げた。
葉一「何やってんだろうな、俺。こんなんじゃ、あいつを護るなんて…」
梢「…葉ちゃん?」
葉一「梢か?良かった、まだ…」
梢「…遅いよ…もう…」
大木を挟んで葉一とは反対側にいたのは、紛れもなく梢だった。だが様子がおかしかった。
葉一「え…梢?」
梢「ずっとここで待ってたんだよ…葉ちゃんはきっと約束を守ってくれるって、信じてたんだよ!…なのに、葉ちゃんは来てくれなかった!」
泣き叫ぶ梢。葉一は自分の不甲斐無さを恥じた。
葉一「ゴメンな…俺は」
梢「言い訳なんて聞きたくない!!私はっ!…私…は…っ!」
葉一「言い訳なんかじゃない!!俺だって大切な話をしにここまで来たんだ…」
梢「大切な話?あの約束よりも大切な事!?」
葉一「その約束の話だ。そのままでいいから、黙って聞いてくれ」
梢「う、うん」
大木に寄り掛かり、お互いに背を向けたまま葉一は話し始めた。
葉一「七年前、俺達が離れ離れになったあの時に交わした約束を…俺は忘れていた」
梢「忘れてたって、そんな…」
葉一「いいから聞けって…忘れてたのは悪かったと思ってる。でも、俺は強くなる事だけは忘れなかった。いつかまた会えた時も梢を護れるように、ずっと剣の修行をしてきた。言葉では忘れても…梢を護るって気持ちだけは、いつも変わらなかった。昔も…今もな」
落ち着いた声だが、葉一の心は不安だった。
葉一「約束って『一人前になって梢の事を護る』だったよな」
七年前のあの日…
梢「また会えたら、その時は一人前になって、私の事を護ってね」
葉一「一人前って、何の一人前だ?」
梢「葉ちゃんはおじいちゃんに剣を習ってるんだよね。だからおじいちゃんに認めてもらえるくらい強くなって、私を護って」
葉一「ああ!…俺、頑張って一人前になる!だから梢も笛の練習頑張れよ。いつか俺に聴かせてくれ…約束だぞ」
梢「うん!約束」
それが、別れる前に交わした約束。二人が今まで努力してきた理由だった…
梢「葉ちゃん…私…」
葉一「だけど…俺は約束を守れなかった。一人前にはなれなかったんだ」
梢「そんな…葉ちゃんは強くなってたよ。武宮先生にだって、もう少しで勝てたじゃない!」
葉一「強くなっただけじゃ駄目なんだ。ここに来る前、じいちゃんに会った時に言われたんだ
『護るべきものを見つけろ』
って。見つけたら一人前なんだって…」
身を切られるような気持ちだったが、葉一は話を続けた。
葉一「俺は…見つけられなかった。約束したのに…守れなかったんだ」
梢「そんなの…そんな事…」
それでも、葉一は自分の気持ちを梢に伝えようとした。
葉一「約束を守れなかった俺には、梢を護る資格なんてない。でも、そんな事関係無いんだ…俺は、梢が好きだ…梢を護りたいんだ!!」
葉一は勇気を振り絞って自分の気持ちを梢に伝えた。
梢「葉ちゃん…」
いつの間にか、梢は葉一の目の前にいた。俯いているので表情は分からない。
葉一(怒ってるよな…約束破って、勝手な事言って…)
右手を振り上げる梢に、葉一は殴られる事を覚悟して目を瞑った。
だが…頬に走る衝撃は柔らかかった。梢の右手は葉一の顔を撫でていた。
葉一「梢?」
葉一が目を開くと、梢が涙が溢れる瞳で葉一を見つめている。朝日に照らされて輝く梢は、とても綺麗だった…
葉一「怒らないのか?俺は約束を破ったんだぞ」
梢「葉ちゃんは約束を破ってなんかないよ」
葉一「え?でも」
梢「私を護るのに理由が必要なの?…私は葉ちゃんが護ってくれるならそれでいいの…私じゃ駄目なの?」
震える肩、かすれる声…瞳からは涙が溢れ続けている。それでも梢は真っ直ぐに葉一を見ていた。
梢「私も葉ちゃんが好きだよ…だから、だから…」
そこでようやく葉一は気付いた。
葉一(答は最初から俺の中にあったんだ…俺が素直になれなかったから…)
葉一は梢の涙を指で拭った…
葉一「ごめんな…もう二度と離れない…放したりしないよ」
梢「…嬉しい」
葉一と梢はお互いに笑顔で見つめ合った…葉一は梢を抱き締めて…二人は自然に唇を重ねた。
肩を寄せ合い、二人は大木の側で風に身を任せていた。
梢「私ね、不安だったんだ。やっと葉ちゃんと会えたのに、葉ちゃんは約束なんて忘れてるんじゃないかって…」
葉一「実際忘れてたしな…って痛たたた!」
梢「ふん!」
葉一の頬をつねる梢は、拗ねた顔でそっぽを向いた。
葉一「ったく……俺だって悩んでたんだぞ。約束破って、梢の事悲しませるんじゃないかって…梢を泣かせたくなかったからな」
梢「昔から葉ちゃんは優しかったよね…他の女の子にもそうなの?」
葉一「まあ、俺は女性には優しくする主義だからな…って、待て!話は最後まで聞け!」
葉一を睨む梢の目は不安に揺れていた。
葉一「確かに女性には優しくするさ。でもお前だけだぞ?手繋いだり、腕組んだり、抱き締めたり…その、キス…するのは…」
顔を赤く染める葉一を見て、梢は微笑んだ。
梢「…じゃあ、今ここで誓って…絶対に私の事護るって」
葉一「ああ、絶対に梢の事護ってみせるさ。泣かせたり傷付けようとする奴は…俺が許さない」
梢「約束だよ」
葉一「約束だ」
約束の証として再び唇を重ねる二人。気のせいか…風がさっきよりも優しく感じられた。まるで結ばれた二人を祝福するかの様に…
第18話 完
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