葉一と梢はバスを降りて、麓の街を歩いていた。途中で駅に寄って、葉一は昨日お世話になった駅員さん(実は駅長)に挨拶した。梢とも知り合いらしく、少し話をしてから駅を出た。
葉一「知り合いだったのか?」
梢「うん、私がこの街に引っ越して来てからかな」
葉一「え、この街に住んでるのか?」
梢「そうだよ。七年前に引っ越してから、私達家族はこの街に住んでるの。…言ってな
かったっけ?」
葉一「聞いてないぞ。…ったく、そういう間抜けなところは変わらないな」
梢「ひどいよ…クスン…」
葉一「嘘泣きするな。じゃあ後で梢の両親に挨拶に行こうかな」
梢「今はいないよ。夏休みが始まる頃、二人とも演奏旅行に行っちゃったから」
葉一「そうなのか?じゃあ仕方無いか」
梢の母は著名な音楽家で、演奏から作曲まで何でもできる人だ。特にピアノは素晴らしい腕前の持ち主で、年に一度は外国を回って各地で演奏しているから、三か月は帰ってこない。梢の父はそのマネージャーで、演奏旅行には必ず付いて行く。二人だけで行くあたりが梢の両親らしいのだが…
葉一「俺の親に負けず劣らずなくらい、仲良いからな」
梢「そうだね。でも私の前で見せつけなくてもいいのに…」
葉一「まったくだ。子供の身になってほしいよ…」
梢「言っても無駄だと思う…」
既に諦めた感じの梢だが、葉一もそれは同じらしく、苦笑いを浮かべた。
葉一「さて、腹減ったしな。とりあえず、どこかで昼御飯食べようか」
梢「うん。どこに入ろうかな〜……あれ?」
葉一「どうした?」
何かの建物に目を止めた梢は、首を傾げた。
梢「あんなところに、喫茶店なんてあったかな?」
梢の視線の先には、やや小さいが鮮やかな建物・喫茶店らしきものがあった。
葉一「開店してるみたいだし、行ってみるか?」
梢「うん♪」
近付くと建物の外観が見て取れた。
『eternity』
店の名前らしい英語が大きな看板に書かれていて、目を引いた。
入口を開くと鈴が鳴り、続いて女性の声が店内に響いた。
女性「いらっしゃいませ〜♪」
綺麗な声が二人を迎えた。
葉一「食事、いいですか?」
女性「いいわよ、お二人ね。こちらへどうぞ」
カウンターへ招かれ、二人は椅子に座った。
女性「何になさいますか?」
メニューを出してもらい、しばし考え込む。
梢「えっと…じゃあ、サンドイッチセットをミルクティーで。あと、ポテトサラダ下さ
い」
葉一「俺は、ナポリタンとアイスコーヒーをお願いします」
女性「はい、かしこまりました。少々お待ち下さいね」
店員さんは注文を聞き、早速調理を始めた。
待っている間、葉一は店内を見渡した。
テーブル1つにつき椅子が4つ。それが2組あって、カウンターは椅子が5つ。最高で13人しか座れない。
(ちょっと狭いけど…内装は結構いいな)
インテリアの種類や配置が絶妙で、椅子やテーブルも光が反射して輝いて見える。
葉一「ちょっと小さいですけど、いいお店ですね」
調理を続けながら、店員さんは明るい声で答えた。
女性「ありがとう、嬉しいわ。実は今日がオープンなの。さらに…あなたたちが初めてのお客様よ」
梢「そうだったんですか。…えっと、他に店員さんはいないんですか?」
女性「ええ、私一人なの。まあ、ちょっとした趣味みたいなものだから」
葉一「でも、一人なんて大変じゃないですか?」
女性「そうね。だけど、私はこういうの好きだから」
会話しながらも、テキパキと作業する姿は様になっている。
女性「はい、お待ちどうさま。どうぞ、召し上がれ♪」
ほぼ同時に完成した料理を、カウンターに出してくれた。
葉一&梢「いただきます」
一口食べると、口の中に言いようのない美味しさが広がった。
女性「どうかな?」
葉一「おいしい!」
梢「うん、おいしいです!」
女性「ありがとう♪美味しくなかったらどうしようかと思っちゃった」
梢「これなら、お客さんいっぱい来ますよ」
女性「そうだといいわね。あ、名前聞いてなかったわね。良かったら、教えてくれるかな?」
葉一「俺は、霧羽葉一です」
梢「私は、鷹坂梢です」
女性「葉一君に梢ちゃんね。私は、東雲夜凪。夜凪でいいわよ」
梢「しののめ、やなぎ?どんな字ですか?」
葉一「しののめは東に雲で、やなぎは植物の柳ですか?」
夜凪「残念。やなぎは夜に凪よ」
梢「かっこいい名前ですね」
夜凪「ありがとう。梢ちゃんも葉一君もいい名前だよ」
笑顔の似合う明るい人だと思う。葉一も梢も自然に話していた。
夜凪「ところで……二人は恋人なのかな?」
いきなりの質問に、葉一は食べていたものを吹き出しそうになり、むせた。
葉一「ゲホッ、ゲホッ、…夜凪さん、いきなり何言うんですか〜?」
夜凪「違うの?お店に来た時は腕組んでたし、名前で呼び合ってるし。お似合いだと思うけどな〜。今日はデートなんでしょ?」
梢「え、えっと…私と葉ちゃんは幼馴染みで、今日は葉ちゃんのお買い物に私が付き合っ
てるだけ…かな?」
夜凪「それって、立派にデートだと思うよ」
葉一「うぐ…否定はしませんけど、いろいろと事情があるんです」
葉一と梢は、夜凪に自分達の過去や現在の事などを話した。
夜凪「そっか〜、離れ離れの幼馴染みが再会したんだ。ロマンチックだね。憧れるよ〜」
梢「……えへへ♪」
照れながらも梢は嬉しそうだ。
葉一「夜凪さんにはそんな人、いないんですか?」
夜凪「わ、私!?」
よく見ると、夜凪さんはかなりの美人だ。腰まで伸びた長くて綺麗な髪。スタイルも抜群で、非の打ち所の無いプロポーションだ。
葉一「夜凪さん美人なんだから、男が放っておかないんじゃないですか?」
夜凪「あら、嬉しい事言ってくれちゃって。…でも、梢ちゃんが怒ってるよ?」
梢「………」
梢から怒りのオーラを感じた…
葉一「何怒ってるんだよ。別に夜凪さんを口説いてたわけじゃないんだから」
梢「…ふん!どうせ私は夜凪さんみたいに、美人じゃないですよ〜!」
すっかり拗ねてしまい、梢はそっぽを向いた。
夜凪「あらあら…」
第11話 完
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